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2005年5月23日 (月曜日)

地名(字名)について

何気なく生活していて、地名(字名)について、ふと疑問に思う。具体的には地名(字名)に”町がつくもの”と”町がつかないもの”のがあり、また”町がつくもの”については”まち”と読ませるものと”ちょう”と読ませるものがある。なぜなのだろう。感覚的にはわかるが、どうしてそうなっているのか、その背景にあるものがさっぱりわからない。

西東京市の字名には泉町、北原町など”町”の付く地名がある。一方、下保谷や東伏見などは”町”が付かない。なぜだろう。芝久保町だって、”町”を付けずに、芝久保でよさそうだが、字名としては芝久保町だ。”町”が付く場合は、もともと町が合併した場合などにそのまま残っていたりするが、西東京市の場合はどうだろう。”町”が付かないものはどういった経緯でそうなっているのだろうか?また同じ”町”でも南町は”ちょう”なのに、北町は”まち”である。感覚的に北町は”ちょう”ではなく、”まち”だと思うが、栄町は”まち”でもそれほど違和感はない。これらの地名の由来は、図書館で郷土資料でも見たら、明らかになるのだろうか?どなたかご存知の方がいれば教えていただきたいものである。

参考のため、西東京市の字名を下記に示すが、町が付く地名がとても多い。


西東京市の字名
--------------------------
泉町 (いずみちょう)
北原町 (きたはらちょう)
北町 (きたまち)
栄町 (さかえちょう)
芝久保町 (しばくぼちょう)
下保谷 (しもほうや)
新町 (しんまち)
住吉町 (すみよしちょう)
田無町 (たなしちょう)
中町 (なかまち)
西原町 (にしはらちょう) 
東町 (ひがしちょう)
東伏見 (ひがしふしみ)
ひばりが丘 (ひばりがおか)
ひばりが丘北 (ひばりがおかきた)
富士町 (ふじまち)
保谷町 (ほうやちょう)
緑町 (みどりちょう)
南町 (みなみちょう)
向台町 (むこうだいちょう)
柳沢 (やぎさわ)
谷戸町 (やとちょう)

ちなみに、方角を表す字名があるが、東西南北全ては揃わず、西町は存在しない。まあ、もともとは田無市と保谷市で使われていた地名を残しているのだろうから、単純にはいかないだろう。下保谷はあっても上保谷はないし、ひばりが丘北はあってもひばりが丘南はない。もっともこれらはそれぞれ、保谷町、ひばりが丘の対としてこのようになっていることは想像できる。

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コメント

こんにちは。また来ました。
保谷町は、合併前は本町(ほんちょう)と言っていました。
田無町がやはり本町だったので、両方とも名前を変更しました。
保育園も確か「ほんちょう保育園」と言っていたはずですが、いまは「ほうやちょう保育園」です。小学校は本町小学校のままですが、保谷小が既にあるので、仕方なかったのだと思います。
田無保育園も田無小学校も合併前から田無だったはずです。

投稿: ping | 2005年5月23日 (月曜日) 20時30分

はじめまして。谷戸に住む者です。
西東京市に引っ越してきてまもなく
1年なのですが、我が家の住所は
「やとちょう」と読むのか、「やとまち」と
読むのかどちらなんだろうと漠然と
思っていましたが、「やとちょう」が正解
なんですね。勉強になりました。
 こちらのブログで西東京市について
勉強させて頂きたいと思います。
宜しくお願い致します。

投稿: パパレンジャー | 2005年5月24日 (火曜日) 21時37分

パパレンジャーさん、こんばんは。
漢字は決して難しくないのですが、町を「まち」と読むか「ちょう」と読むかはいつも迷います。
感覚的にはなんとなく読めてしまうのですが、なぜなのかは今のところ謎です。(私にとってですが)
あまり読み方を知らなくても特には困りませんね。

投稿: tanashi | 2005年5月25日 (水曜日) 01時02分

pingさん、こんばんは。
私は西東京市が誕生してからの新住民ですので、詳細は知りませんが、田無本町と保谷本町が隣り合っていたことは知っています。合併してうまい具合にまとめたなと思っています。ところで余談ですが、西武柳沢駅の住所は西東京市保谷町3-11-24 ですが、既に保谷駅があったので、西武柳沢になったそうです。ちなみに保谷駅は西東京市東町3-14-30 です。

投稿: tanashi | 2005年5月25日 (水曜日) 01時08分

あぁそうか。言われてみると気づきますね。
柳沢駅前の公民館が合併後に保谷公民館になったりして(図書館は柳沢図書館)、違和感を覚えてましたが。

実は私は、その柳沢駅南口に住んでいるので、どうも駅周辺は「柳沢」というように無意識に思ってしまいます。(笑)

投稿: ping | 2005年5月28日 (土曜日) 08時09分

pingさん、こんにちは。
改めて詳細地図を見てみました。西武柳沢駅は住所は保谷町ですが、駅舎は柳沢にもかかっていますので、西武柳沢駅の名称はおかしくありませんね。ただしなぜ柳沢駅ではなく西武柳沢駅なのかまではわかりません。
また、柳沢公民館の住所は柳沢でよさそうです。

投稿: tanashi | 2005年5月28日 (土曜日) 09時36分

管理人様こんばんは。
旧田無市ではひばりが丘団地(現在のひばりが丘3丁目2番)以外は町がついています。ですのでもっぱら旧保谷の資料を見ないと分からないのですが、私がわかる範囲で。
旧保谷市は下保谷村と上保谷村、保谷新田の3村が合併して保谷村となった経緯があるのですが、大雑把に言うと現在の西武池袋線周辺以北とひばりが丘が下保谷村、新町が保谷新田、それ以外が上保谷村です。ですから保谷駅はあえてつければ下保谷駅ですね。実は東伏見駅は西武新宿線の開業当時は上保谷駅でした。かの有名な京都の伏見神社の御分祠(東伏見神社)ができたので東伏見と改称した訳です。また上保谷村の中心は上宿といわれる現在の尉殿神社・如意臨寺付近で、柳沢はまるで別の村のように上保谷村柳沢名主が置かれていました。それでこれからがやっかいなのですが、柳沢という地名は旧市域の境とは別個に新青梅街道の富士町交差点付近以西の旧保谷市の地域(現在の富士町・柳沢・保谷町の一部)と旧田無の東部(田無町の一部と南町の一部)をさしています。ですから田無にも旧字名で柳沢がありました。それに田無の青梅街道の宿場は田無宿ではなく、柳沢宿という名前です。そんなわけで児童館は田無柳沢児童センターと保谷柳沢児童館、柳沢小学校は旧田無市で柳沢中学校は旧保谷市です。
 ちなみに柳沢公民館が保谷公民館となったのは中央公民館が田無公民館となった対で、各々旧市域の公民館の本館とするところからきています。
 変な話東伏見駅と西武柳沢駅はどちらも上保谷駅か西武柳沢駅になる資格があったのですね。また柳沢に”西武”が冠してあるのは十和田観光電鉄と長野電鉄(4年ほど前に当該駅は廃止)に柳沢駅がすでにあったからだと思います。

投稿: 400石組 | 2005年7月13日 (水曜日) 20時40分

400石組さん、こんばんは。
西東京市に限らず、地名は奥深いですね。市境に同じ地名や似た地名がある地域はたくさんあります。
確かに宿場は柳沢宿でしたね。田無よりも柳沢のほうが歴史が古いのでしょうか?

ところで、地名の田無ですが、その由来はいくつかの説はあるものの、今ではわからないようですね。こうした由来はきちんと伝えておきたいものです。

投稿: tanashi | 2005年7月15日 (金曜日) 00時50分

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