« 100円ショップ | トップページ | エフエム西東京 »

2005年4月 7日 (木曜日)

西東京市という名称

西東京市という名称は、インターネット上の一部の掲示板、ブログあるいはマスコミ等では不評なようだが、実際にはどうなのだろうか?

私の経験上、サイレントマジョリティの意向はマスコミ報道と異なることが多々あり、インターネット上で酷評されていることで、そのまま市民に支持されていないという判断を下すには、少々強引な気がする。
ここでは、手に入る情報を元に、検証してみたい。

西東京市名称の由来
http://www.city.nishitokyo.lg.jp/konna/symbol/symbol6.html

まず、旧田無市と旧保谷市が合併して誕生する新市の名称は、公募されたことを理解しておく必要がある。
公募の期間は、1999年11月1日~12月31日までの2か月間で、市外にも広く呼びかけている。

応募総数は8,753件で、候補名は3,190種類であったが、学識経験者委員(市民委員)8名によって、以下の5つに絞られている。

1)西東京市、2)けやき野市、3)北多摩市、4)ひばり市、5)みどり野市

インターネット上の酷評を見ていると、一部の有力者、あるいは、有力な団体の意思が強く働いて西東京市と決まったような記述もあるが、そのようなことが可能だろうか?

まず、5つに絞られる段階では、学識経験者委員の恣意的な操作がまったくなかったと結論付けられる公開情報はない。しかしながら、操作されたことを裏付ける情報も見当たらないし、選定基準や経緯は公表されているので、少なくとも公正に進めようとした姿勢は窺える。

次に5つに絞られた新市名候補については、2000年7月30日(日)の、合併に関する市民意向調査の中で投票されている。

結果は1)西東京市が17,638票を集め、2位の4)ひばり市13,752票を大きく引き離して決定された。

投票の条件は18歳以上の旧田無市、旧保谷市の市民で65,759人が投票しているので、少なくとも学識経験者委員によって絞られた5つの候補からは、住民投票という極めて民主的な方法で決定されたといえよう。

さて、このようにして決定された西東京市という市名であるが、田無や保谷というこれまでの歴史や地域、文化とは何ら関係ない点についてはさびしい気がするが、その一方で、田無とも保谷とも縁のない名称が、とても中立的で両者の対立を起こさないよう配慮されているようにも感じられる。私は西東京市になってからの新住民であり、過去には何ら愛着はないため、西東京市という市名は気に入っている。東京へのコンプレックスと揶揄する人もいるだろうが、東京という文字は大きいと思う。先日紹介した元田無市長末木氏の著書の中でも末木氏が述べているように、田無市ではどこにあるのかわかってもらえなかったのが、西東京市といえば少なくとも東京にあるということがわかってもらえるということは大きいようだ。末木氏は、合併後の人口増加が、西東京市という名称が好感をもたれた結果と主張するが、この点は、調査が必要だと思っている。

西東京市という名称について、今でも賛否両論あると思うが、今すべきことは、あれこれ批評するよりも、西東京市というブランドを確固たるものとし、新たな歴史、そして西東京文化を築き上げていくことではないだろうか。

|

« 100円ショップ | トップページ | エフエム西東京 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/7607/3595988

この記事へのトラックバック一覧です: 西東京市という名称:

« 100円ショップ | トップページ | エフエム西東京 »